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カテゴリ:テニス( 8 )

テニスで陥った私のイップス体験

今日は昨夜の負けを引きずる憂鬱な月曜日となりました。

試合がないので、何を書こうかと迷いました。
3年目に入る真中野球に関することを書くことも考えましたが、
私とは野球観が正反対で、ついて行けないなところがあって、
愚痴と文句ばかりになりそうなので、やめておきます。
試合後のコメントも、どこか傍観者的ですね・・・。


今日は、私がテニスに没頭していた30代、40代の約20年間で、ごく短期間ですが、
イップスになっていた頃の自身の体験談です。

その前に、直近でのプロ野球で、イップスが疑われている選手について

阪神タイガースの藤浪晋太郎投手に関して、あれだけ自分の投げる球が制御できず、
危険極まりないぬけ球を投げるのは、もはやイップスではないかという記事をちらほら見かけます。

20日の神宮では、イニング間のキャッチボールの時でさえ、ボールが大きくそれて、
キャッチボールしていた相手が捕れないような暴投をしていたと現地観戦者の目撃談があります。
以前、当ブログで、何度ぶつけても懲りない藤浪投手の俺様メンタルを見て、
私はイップスを否定しましたが、
キャッチボールすらまともに投げられないのでは、イップスに近いのかなあと思うようになりました。

昨年引退した森岡良介コーチ補佐は、引退を決断した理由の一つが「イップス」だったそうですね。

スポニチ 【決断】ヤクルト森岡 引退の理由 夏の終わりに突然…

記事によると、2016年当時現役だった森岡選手は、ファーム暮らしが続いた8月下旬に、
突然、キャッチボールができなくなったとのこと。
「どう投げていいのか分からなくなった。精神的なものかな。うーん…本当の原因は今も分からないです」

この記事を読んでびっくりしました。そんなことが起きていたとは、思いもしませんでしたから。

送球イップスでは、横浜ベイスターズ時代の内川聖一選手も有名ですね。
内川選手は、元々は内野手でしたが(私が知り始めた時はセカンドを守っていました)、
イップスは近い距離で力を加減して投げるときに起こりやすく、送球が安定しないので
外野手にコンバートすることにより、イップスを克服したそうです。

藤浪投手の場合は、ピッチングのみならず、バント処理やピッチャーゴロで1塁へ送球する際に、
上から投げると悪送球することがあって、ほとんど下から女の子のようにそ~っと投げていますよね。

我ヤクルトでは、今シーズンは正遊撃手が期待されていた西浦直亨選手が、
イップスとまでは行かなくても、捕球、送球とも何かヘンですね。動きがぎこちないです。
親子ゲーム出場で、昼間は2軍戦に出場することも増えましたが、下でもエラーをやらかしています。
守備でのミスが、打撃にも影響しているのか、打つ方でも全く精彩がありません。
謎の長打力があって、今シーズンは打撃の安定性が求められていましたが、
それどころじゃなくなりました。
顔つきが自信の無さを表していて、いつも不安そうな表情なのも心配です。
杉村コーチは、ティーバッティングでは全く問題がないと話しています。
まあ、それは山田選手についても、杉村コーチは同じようなコメントですが・・・。う~~ん?

5月1日の東スポ記事で、山田くんは、
「ティー打撃はすごくいいんです。でもフリー打撃から違う感じがあるし、
試合でもうまくいかない」と首をひねったとあります。
「今は病んでいるけど、(中略)交流戦からすごいのくるよ」とも話しています。
ホントにそれを信じていいのかどうか、私は未だに不安いっぱいです。

山田哲人選手に関しては、既に何回か書いているので、今回は略しますが、
やはり、昨年の2度目の阪神バッテリーによる体への故意死球、その後遺症があるのは間違いないでしょう。
本人も、監督・コーチも誰もそのことは触れないし、そうは思ってないんでしょうか。
しかし、もし、後遺症があるとしたら、一旦そこから見つめ直さないと、根本的な解決にはならないんですけどね。

Wikipediaによると、
イップス(Yips)は、精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。

治療としては
最初は原因を発見して失敗した場面を直視することから始まる。
無意識に身体が拒否反応しているので、小さい部分から徐々に成功体験させて自信を体感させる。
これには精神的に覚悟や開き直りを求めるもので、失うものがある人にはきついものになる。

とあります。
乗り越えなければいけない壁ですが、非常に難しいのも確かでしょうね。


ここからは、私のイップス体験です。
31歳でテニスを初めて、50歳まで約20年間、テニスに没頭した時期がありました。
興味がある方は 私がテニス三昧の日々だった頃 の記事をご覧ください。

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その大好きだったテニスで、短期間ですが、今になって思うとイップス状態だったことがありました。
当時は「イップス」といえば、ゴルフを思い浮かべていて、
野球やテニスにもそういうのがあるのは、あまり知りませんでした。

私はフォアハンドが得意で、バックハンドは両手打ちではなく片手でスライスを打っていました。
足はもともとは鈍足ですが、テニスに限っては、なぜかフットワークの良さが取り柄のひとつでした。
フォアハンドが得意なので、本来ならバックハンドで打つべきショットでも、
フォアに極端に回り込んで打っていました。
例えがとんでもなく偉大な選手ですが、シュテフィ・グラフ選手を思い浮かべてください(笑)!

で、その得意のフォアハンドでイップス状態に陥りました。
なので、ショックも半端じゃなかったです。
何が原因だったかは今でもわかりませんが、ある日、突然と言うよりは徐々にですが、
フォアハンドで打つことが怖くなって、テニスクラブのお遊びのゲームでも、
全く本来のショットが打てなくなり、悶々としました。
試合で、ビビッて打てないのとはまた違うんですよ。

フォアで打つのがこわいもんだから、苦手のバックハンドに回りこんで打ったり、
フォアは、ごまかしてスライスで打ったりして、その場しのぎをしていました。
本来、私はダブルスではフォアサイドでしたが、その頃はバックサイドに回ったりもしました。
特に、順クロスが全く打てなくなっていて、逆クロスは、そうでもありませんでしたから。
当然、その期間は草トーナメントへの出場は控え、
ダブルスのペアには他の人と組んで試合に出てもらっていました。

練習での乱打では、まあ普通に打てるのに、ゲームになるとダメなんです。
とにかく、肘を痛めるくらいフォアの順クロス(野球でいうと引っ張りです)を練習しましたが、
なかなか思うようには行かなかったですね。

特に、ゆるい球が来るとパニックになっていました。
打つまでにたっぷり時間があるので、あれこれ頭で考えて、かえって打てないんです。
走らされて厳しい球が来たときのほうが、無心で打ちかえすことができました。
イップス以前でも、私はその傾向がありましたが、イップスになってからは、より一層そうなりました。
なので、練習相手は、テニスクラブの球のゆるいおばさんに相手になってもらうなどしました。

苦しみましたが、それでも、2ヶ月くらいで何とか70%くらいの状態にまで戻すことができました。
それからは、徐々にフォアハンドで思いっきり振り切ることができるようになっていきました。
バドミントンをやっていたせいか、
初心者の頃から、どっちに飛ぶかお構いなしに思いっきり振るスイングでフォアを打っていましたからね。

元通りになった時には、本当に嬉しかったです。
フォアハンド恐怖症を乗り越えてからは、試合では多少はビビることはありましたが、
私本来のフォアが打てるようになり、成績も上がっていきました。
出まくっていた草トーナメントで優勝したり、
おばさんテニスの全国大会に県代表で出場する夢も叶えました。
こどもの頃から運動神経の鈍い私にとっては、テニスは私の唯一誇れるものとなりました。

プロ野球の場合は、そんな生易しいものではないと思いますが、とにかく精神的にめげないで、
継続して自分に合った正しい練習をするしかないと思います。
それを探すのがまた難しいとは思いますが。
当然ながら、練習のための練習ではなく、実戦に向けての練習です。
そのためには、コーチは、過去の実績にとらわれることなく、その選手の実情をきちんと把握して、
適切なアドバイスをしてほしいと願います。

by misty2011 | 2017-05-22 16:28 | テニス

錦織選手、ワウリンカ選手に完敗で全豪オープンベスト4ならず

全豪オープンテニスは10日目を迎え、今日は準々決勝でベスト4進出をかけ、
第5シードの錦織圭選手が第4シードのスタニスラス・ワウリンカ選手(スイス)と対戦しましたが、
セットカウント0-3で完敗し、ベスト4入りはなりませんでした。

う・・・ん、残念ですが、テレビで試合を見た限りでは、正直、今日は勝てる要素がほとんどありませんでした。

第1セット、サービスダウンをした錦織選手がそのまま3-6でファーストセットを落とすと、
第2セットも同じような流れで4-6で落とします。

チャンスがあったとすれば第3セットでした。
ここまで相手スタン・ワウリンカ選手(NHK表記はバブリンカ)の強力サーブに苦しめられ、
一度もブレークできませんでしたが、
第3セットの第2ゲームで、相手サービスゲームをラブゲームで初めてブレークに成功!

これで流れが来るかと期待しましたが、直後の自分のサービスゲームを、ラブゲームで落としてイーブンとなります。
これは痛すぎました。
そのまま第3セットは6-6となり、タイブレークにもつれ込みます。

タイブレークでは劣勢から6-6と追いつきますが、自分のサービスゲームで
ラリーの応酬から、錦織選手がドロップショットを仕掛けますが、
これが無情にもネットを越えず6-7とマッチポイントを握られ、そのまま相手サービスエースでジエンド。
3-6、4-6、6-7(6-8)の、セットカウント0-3のストレート負けで、前年覇者ワウリンカ選手に屈しました。

前の試合、フェレール選手戦は完勝でしたが、今日はその逆で完敗でした。

相手サーブが強力で、なかなかブレークのチャンスがなかったこと。
錦織選手はサービスゲームのキープが精一杯で、ひとつ落とすと挽回が難しかったですね。

第3セットは、サービスダッシュをしかけるなど、攻撃的に攻めていき、それが功を奏してタイブレークまでもつれましたが、
最後は相手の速いサーブで決められました。

相手は長身でがっしりした体格。
見た目でもパワーの差を感じましたが、その通りの展開となりました。
サーブ力の差は歴然で、ストロークでも相手のシングルハンドのバックハンドが冴え渡っていました。
バックでクロスの打ち合いから、より角度をつけられ外に放り出されたり、
バックハンドでダウンザライン、また逆クロス気味にも強烈なショットでウィナーをとられました。
それでいて、ワウリンカ選手はミスも少なくて崩れる要素がなく、今日は勝つことが本当に難しかったと思います。

ベスト8から4へはやっぱり厚い壁が立ちはだかりましたね。

今回の全豪オープンのトーナメント表は、第2シードのフェデラー選手が3回戦で敗れたこともありますが、
右側のゾーンの方が比較的らくなような気がします。
左側は第1シードのジョコビッチ選手を筆頭に、ラオニッチ選手、ワリンカ選手と、強敵揃いでした。

錦織選手は昨年の全米オープンで準優勝して、世界ランク5位に上がり、今大会も第5シードとして注目を集めました。
惜しくもベスト4入りはなりませんでしたが、いろいろな面からKEIくんのテニスが研究されつつある中での
ベスト8は立派です。

今後、さらに上を目指すためには、今日の敗戦はいろいろ課題が見つかった試合だったと思います。
また、次の大会に向け、マイケル・チャンコーチと、サーブやネットプレーなど課題克服のために
ハードな練習を積み重ねていくことになるでしょう。
まだまだ伸びしろがある選手だけに、大いに期待が持てます。

今日の敗戦で錦織選手のテニス4大大会のひとつは終わりましたが、
さらにレベルアップして、これからのグランドスラム大会(全仏、ウィンブルドン、全米)で、
ひとつでもファイナリストになってくれるよう願っています。

プロ野球がキャンプインするまでの期間、錦織選手の活躍で、私は随分楽しませてもらいました。
テニスは、私もおばさんになってから始めて多くの草トーナメントに出ていたので、KEIくんのプレーを見ていて、
技術的な事は差があり過ぎて何も言えませんが、心理的には自分が戦っているような気分でテレビを
食い入るように見ていました。
また、テニスを再開したいような気持もありますが、ブランクが長すぎるのと、
足腰弱って、体力的にはもう無理って感じなのが残念です。
見るだけですが、テニスもやっぱり面白いスポーツですね。
by misty2011 | 2015-01-28 16:37 | テニス

全豪OPテニス 錦織選手快勝でベスト8

オーストラリア、メルボルンで開催されている2015全豪オープンテニス大会は2週目に入り、
今日はベスト16入りした錦織圭選手の4回戦が行われました。

全豪オープンで3年ぶりのベスト8入りを目指す錦織選手の対戦相手は、
世界ランキング最高3位の実績を誇り、現在世界ランキング10位のダビド・フェレール選手(スペイン)
コートは錦織選手にとって今大会初となるセンターコートのロッド・レーバー・アリーナでした。
午前の試合が長引いて、試合開始は大幅に遅れましたが、
試合は、錦織選手のストレート勝ちの完勝であっさり終わりました。

3セットとも6-3のスコアでセットカウント3-0のストレート勝ち
あまりピンチらしいピンチもなく、ここまで勝ち上がった試合の中では、最も快勝でした。

唯一ピンチと思ったのは第1セットの第2ゲーム
錦織選手のサービスゲームで15-40と相手にゲームポイントを握られますが、
そこから追いつき、サービスゲームをキープ
これでペースをつかみました。

フェレール選手の試合をきちんと見るのは私は初めてで、世界ランキング10位の強敵なので、
もっともつれる試合になると予想していました。
しかし、一度も相手に流れを渡すことなく、終始、錦織選手主導で試合が進みました。

フェレール選手は、フットワークを生かしたコートカバリングはさすがでしたが、サービスエースがあるわけではなく、
フォアハンド、バックハンドともアナはありませんが、一発で決めるほどのウィニングショットもあまりありませんでした。
粘り強いテニスですが、威圧感がないので、見ている側としては今日は安心してテレビ観戦できました。
錦織選手もあまりプレッシャーを感じることなくプレー出来たように感じます。

おそらくクレーコートでは、フェレール選手の粘り強い持ち味がもっと出るのではないかと思われますが、
速いサーフェスのハードコートでは、もはや錦織選手に相手ではなかったようです。

今日はストレート勝ちして、体力をあまり消耗しなかったのは大きいですね。

全豪オープン初のベスト4入りがかかる次の準々決勝では、
前年覇者で、第4シード、世界ランキング4位のスタニスラス・ワウリンカ選手(スイス)と対戦することになります。
今日のようなわけにはいかないでしょうね。
スタン・ワウリンカ選手は、サーブは速いし、ショットもパワフルで攻撃的なプレースタイルです。

昨年の全米オープンでは同選手にフルセットの末、錦織選手が接戦で勝ちましたが、
どちらが勝ってもおかしくないほど力は拮抗しています。
ベスト4、さらには優勝を目指す錦織選手にとって、次は最大の難関となりそうですね。
厳しいタフな試合になると思われます。
集中して、自分の力をフルに発揮してほしいと願っています。
by misty2011 | 2015-01-26 17:25 | テニス

全豪OPテニス 逆転で錦織選手4回戦進出、ベスト16

オーストラリアのメルボルンで開催されている全豪オープンテニス3回戦で、
錦織圭選手は、スティーブ・ジョンソン選手をセットカウント3-1で下し、4年連続4回戦進出となり、
自身の最低の目標だったというベスト16入りを決めました。

今日の3回戦は午後の試合でした。

第1セット、第3ゲームで相手サービスをブレークして3-1とリードした時点で、今日は楽勝かな?と思いましたが、
そこからもつれて6-6となり、タイブレークに突入。

タイブレークには強い錦織選手なので大丈夫と思いましたが、
接戦となった7-7からのサービスをダブルフォールトして相手にセットポイントを与え、
そのまま7-9で落とし第1セットをとられます。

第1セットは、初戦ほどアンフォーストエラーがあったわけではありませんでしたが、全体的にストロークが浅めで
ショットに思い切りの良さがなく、相手から逆襲されました。

ジョンソン選手は、今まで対戦した3選手の中では、最もくみしやすい相手と思われただけに、
意外な展開となりました。

しかし、2セット目からは実力差が出ました。
ジョンソン選手はフォアハンドは強力ですが、バックハンドはやや苦手。
そこを攻めてポイントを重ね、錦織選手のペースになります。
ストロークが深くなり、スピードも増してきました。

第2セットは6-1と簡単に奪い、第3セットは6-2、第4セットも6-3と奪い、セットカウント3-1で勝ちました。
ストレート勝ちこそ出来ませんでしたが、まあ順当な勝利でしょうね。

これで、錦織圭選手は、4大大会では日本勢初(68年オープン化以降)となる4年連続のベスト16入りを果たしました。
さらに上を目指す錦織選手にとって、ベスト16入りは最低限ともいえるノルマでしたが、
無事クリア出来て良かったです。

ここまで安定して強いですね。
格下には勝って当然ですが、第2シードのフェデラー選手でさえ3回戦で負けたことを思うと、
錦織選手は、まだ100%の力は出せていませんが、順調な勝ち上がりだと思います。


普通ならベスト16でも快挙ですが、世界ランキング5位、昨年の全米オープンテニス大会での準優勝があるので、
今やKEIくんは優勝候補の一人。
このくらいの所で勝って喜んではいけないレベルまで達しました。

来週はさらに上位の力の競り合った選手との戦いが待っていますが、もう一段、調子を上げて
勝ち進んでほしいと願います。

ファーストセットを落としても、タフなメンタルと本物の実力がついてきました。
劣勢からでも、落ち着いて自分の力を出せるのは凄いことですね。

満員のスタンドは、錦織選手を応援する日本人のファンが多く、大きな声援が送られていました。
日本の男子プロで、これだけ世界に通用する選手が出てきたわけで、やはり現地応援にも力が入っていました。
4大大会で、こんな日の丸いっぱいの応援風景は初めて見るように思います。

どんなスポーツにも言えることですが、やっぱり実力あるスター選手が出現するのは、本当に喜ばしいことです。
私のようなテニス経験者はもちろんですが、あまりテニスに興味がなかった方でも、
引きつけるだけの素晴らしいテニスをKEIくんは魅せてくれますからね。

錦織選手の更なる快進撃に期待したいと思います。
by misty2011 | 2015-01-24 19:45 | テニス

全豪OPテニス2回戦 錦織選手1セットダウンから逆転勝ち

今日は全豪オープンテニスの2回戦に錦織圭選手が登場しました。
オーストラリアは日本とは時差が2時間しかないので、午前中にたっぷり試合が見られるので
ヒマ主婦は大いに助かります。

2回戦の相手は、世界ランキング86位のクロアチアのイワン・ドディグ選手。

第1セット、錦織選手は第3ゲームのサービスゲームをブレークされると
結局そのまま4-6でファーストセットを落としました。

あらら、これはちょっとやばいんじゃないのと心配しました。
特に、ストロークでのアンフォーストエラーが目立ち、自滅気味でした。
チャンスボールをネットに引っかけたり、サイドアウトしたりで、
これまで私が錦織選手の試合を見た中では、抜群のミスの多さでした。

また、相手のドディグ選手の威力あるファーストサービスがよく決まり、
またリターンもよくて、果敢にネットに出る攻撃的なテニスに苦しめられました。
何でもダブルスが得意な選手だそうで、ネットプレーが上手かったですね。

第2セットはお互いサービスゲームをキープして、
ゲームカウント6-5とリードした12ゲーム目がヤマでした。
錦織選手は、このゲームでギアを上げて相手サービスのブレークに成功!
接戦の末、第2セットを7-5で取りました。
これが今日の勝因の一番でしょうね。

セットカウント1-1に追いついて、見ている私も少し安心しました。
第3セットは、6-2と簡単にとって俄然優位に立ちました。

しかし、ドディグ選手もあきらめていません。
第4セットは先に錦織選手がサービスを落として、ゲームカウント4-5となりますが、
ここからがドキドキしながらも見ごたえがありました。

第10ゲームで相手サーブをブレークバックして5-5に追いつくと、
第11ゲームはサービスキープで6-5とリード。
第12ゲームは、錦織選手が一度はマッチポイントを握りましたが、相手も意地を見せ
サービスキープで6-6となり、タイブレークに入ります。

タイブレークは、相手に1ポイントも与えない7-0の圧勝で、第4セットも7-6と取り
セットカウント3-1で、無事2回戦を突破しました。

やれやれ、苦戦はしたものの勝ってよかったです。
接戦でも確実に勝っていけるのは、それだけ錦織選手の実力がついたからなんでしょうね。
初戦突破の時もそうでしたが、ここぞの大事なポイントを確実に奪えたのが大きかったと思います。

ドディグ選手のサービスダッシュや、錦織選手のセカンドサーブを叩かれるなど
相手のネットプレーに苦しめられましたが、最後は実力の差が出たという感じでした。

試合後、TBS「ひるおび」の沢松奈生子さんの解説では、第1セットは格下の相手の様子見で、
好きなようにやらせて取られはしたものの、心配しなかったと話していましたが、
私にはそうは見えませんでしたけどね・・・。

相手のショットが鋭かったというのもありましたが、とにかく錦織選手のミス多発でしたからね。
表情もさえなくて余裕は感じませんでした。
ただ、第2セット以降は、勝負所できっちりポイントできたのはさすがでした。

タフな戦いとなりましたが、格下相手でもそう簡単には勝たせてくれないのがメジャーの試合。
相手は負けて失うものがないだけに、思い切ったプレーができます。
敵ながら、ドディグ選手の攻撃的なネットプレーは良かったですね。
最近は、男子でも後ろでの打ち合いが多くて、あまりサービスダッシュをする選手を見なかったので、
サービスダッシュ、リターンダッシュなど、見るものとしては十分楽しめるプレーでした。

錦織圭選手、次の3回戦は、立ち上がりに気をつけて、出来ればすっきり勝ってほしいですね。
by misty2011 | 2015-01-22 14:46 | テニス

全豪オープンテニス 錦織圭選手、初戦突破

オーストラリアで2015年グランドスラム大会の最初となる全豪オープンテニス大会が始まりましたが、
今日は第5シードの錦織圭選手の初戦が行われました。

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対戦相手は、スペインの元世界ランキング9位のニコラス・アルマグロ選手。
けがで試合出場していなかったのでランキングが下がり、今大会はノーシードとなっていますが、
もともとは実力あるプレーヤーです。
ただでさえ緊張する初戦の相手としてはかなり強敵です。

第1セット、錦織選手はいきなりサービスゲームを落とします。
男子のトッププレーヤーの試合では、サービスゲームはキープするのが鉄則ですが、
これはちと不安な立ち上がりとなりました。

しかし、その後相手サービスゲームをブレークして取り返すと、第1セットは接戦ながら
ゲームカウント6-4でとります。

第2セットはさらにもつれました。
サービスゲームのブレーク合戦で5-3と錦織選手が優位に立って、このセットも取るかと思われましたが、
そこから追いつかれて6-6となり、タイブレークに入ります。
そのタイブレークを7-1とあっさり取って、2ゲームも7-6で奪います。

相手のアルマグロ選手は、ここですっかり集中力をなくしたのか、
第3セットは6-2と簡単に錦織選手がとり、
セットカウント3-0のストレート勝ちで錦織選手が初戦を突破しました。

3-0のスコアだけ見ると圧勝のようですが、第1、第2セットともどちらに転ぶかわからないほど接戦でした。

勝負を分けたのは、錦織選手のここぞという時のメンタルの強さ、また、大会前から強化したというサーブがいい場面で決まっていました。
逆にアルマグロ選手は、勝負所でのダブルフォールト、ストロークでのイージーミスが出ました。

錦織選手はこの全豪オープンから新作ラケット、ウイルソン『BURN(バーン)』を使用。
今までよりさらにボールのスピードがアップされているそうです。

グランドスラム大会で、初めて上位の第5シードとして挑む錦織選手にとって、
プレッシャーは半端なものではなかったことでしょう。
初戦は難敵ではありましたが、無事勝ってホッとしました。
まずは初戦突破、おめでとうございます。

1回戦うと気持ち的には随分落ち着くと思います。
このまま、実力通り2回戦、3回戦と順調に勝ち上がっていってくれると思います。

ひとつ気になったのは、右足首にサポーターをしていたことですね。
捻挫でもしたんでしょうか?
抜群のフットワークを誇る錦織選手だけに、これ以上悪化させないよう願います。

会場のオーストラリア・メルボルンは、今は真夏。暑さとの戦いでもあります。
その意味でも、ストレート勝ちの省エネで勝ち上がっていくことが重要でしょうね。

期待が大きいだけに本人は大変だと思いますが、プレッシャーを力に変えて
ぜひファイナルまで進んでほしいと願っています。

ここでテニス経験者の私事をひとつ。
今日の第2セットはタイブレークでしたが、そのタイブレークの思い出です。

私はおばさんになってからテニスを始めて、多い年は年間20数試合の草トーナメントに出場していました。
偶然なのか何なのかわかりませんが、試合では、タイブレークで一度も負けたことがないという
タイブレーク大好きプレーヤーでした。
昔のことなのではっきりとは覚えていませんが、30代から40代にかけて試合に出まくっていた頃、
トータルでは20回近くタイブレークをやったと思います。

素人のおばさんテニスのダブルスの試合では、大きな大会や決勝戦などは3セットマッチの試合もありましたが、
ほとんどが1セットマッチ、6ゲーム先取、または8ゲーム先取タイブレーク方式の試合でした。

ゲームカウントが6-6(8ゲームなら8-8)となると7ポイント先取のタイブレークに入ります。
そのタイブレークが6-6のポイントとなると、2ポイント差がつくまでタイブレークが続きます。
一度は1-5の絶対絶命からひっくり返して8-6勝ったり、一番長いタイブレークは14-12で勝ちました。

タイブレークでは、なぜか不思議と負けたことがないので、試合を重ねるごとに
タイブレークは自信を持って戦えるようになりました。
本当に全くの偶然ですが、タイブレークでは負ける気がしませんでした。

理由はよくわかりませんが、タイブレークはサーブが2回ずつ(最初のサーブだけは1回)ですぐ交代するので、
それが私にとっては良かったのかもしれません。

どちらかというとサービスゲームは得意でしたが、レシーブはプレッシャーがかかって嫌だったので、
それがすぐ交代するので気分的にラクだったように思います。
あとは、タイブレークは、開き直って強気に攻めていったことがよかったのかもしれませんね。

以上、私のタイブレークにまつわるエピソードでした。

プロ野球がキャンプインするまで、錦織選手のテニスの試合を楽しみたいと思います。
by misty2011 | 2015-01-20 14:21 | テニス

私がテニス三昧の日々だった頃

全米オープンで準優勝した錦織圭選手が、13日に凱旋帰国しました。
4大大会で、日本人初のシングルス決勝に進出した快挙には、身震いするほど感動しました。
おめでとうございます。
決勝まで行ったからには是非優勝してほしかったですが、それはまたこれからの楽しみとしておきましょう。

今日は、その記事を書いた時の続きでもありますが、テニスのおはなし。
興味がある方はご覧ください。

生涯、私に唯一誇れることがあるとすれば、それはテニスかもしれません?
まあ、世間的には大したことではないですが、運動神経が鈍かった私にとってはサプライズな出来事でしたから。

以前はテレビでよくテニスを見ていましたが、最近はそれほど熱心に見てなかったもので、
久しぶりのテニスのビッグニュースに心がときめきました。
今回の快挙に触発されて、錦織選手着用のユニクロのテニスウェアーや、使用したウィルソンのラケットが
品切れになるほど売れているようですね。
また、巷のテニススクールにも問い合わせが殺到しているとか。
特に、昔テニスをやっていたシニア世代が、もう一度テニスをやりたいと思いはじめているそうです。

そういう私も、おばさんになってからですが、一時はテニスに没頭していた日々がありました。
30代から40代半ばにかけてです。今から30年も前のことです。

今回の錦織圭選手の使用ラケットが、ウィルソンの「STEAM95」と知り、
私が最後に使っていたラケットが錦織選手と同じメーカーだったのを思い出し
押し入れの中に仕舞い込んでいたそのテニスラケットを十数年ぶりに取り出してみました。

テニスバッグの中は、当時使ったままで、リストバンドやタオルは黄ばんでいました。
ラケットのグリップテープは巻いたままでボロボロ。
カビでも生えているかと思いましたが、大丈夫でした。

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今の住所に引っ越してから使っていたウィルソンのハイパーハンマー2.5のラケット
最後に使っていたテニスラケットです。
入っていた会員制のテニスクラブが閉鎖され、それ以降、全くテニスはしていません。
もうかれこれ14、5年経ちますね。

還暦をとっくに過ぎ、またガン闘病中の身でもあるし、転移や再発があれば、この先そう長くはなさそうなので、
ついでに、自宅のいろいろな場所に分散して飾ったり、押し入れに仕舞い込んでいたトロフィーなどまとめて並べて、
この際、記念に撮ってみました。
私は進行がんだったのもあって、2年半前に手術する際には、一応エンディングノートを下書きしていましたが、
この写真を今回はその1ページに追加しようと思います。
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私がテニス大会でゲットしたトロフィー、優勝カップ、楯、メダルなど
転勤族なので、出場した大会は、首都圏、中四国、九州と多方面を渡り歩いています。

出場した大会では、私の場合、ベスト4が多くて、トロフィーなどはなく、表彰状や賞品だけもらった試合も多くありました。
表彰状はどこに仕舞い込んだかわからなくて、見つかりませんでした。
賞品は、スポーツバッグやタオルなどのほか、主婦向けにお鍋や調理器具などを頂いたこともあります。
トロフィーやカップを見ても、ファイナルまで進んだ大会はわりと覚えていますが、
準決勝で負けた試合は、結構忘れていました。

草トーナメントに出まくっていた時は、年間20数試合はエントリーしていました。
県外に遠征することもありました。

毎大会、目標はベスト8で、セミファイナルまでは勝ちあがれても、ファイナリストになるのは相当壁が高かったですね。
決勝まで進んだ大会は13回で、そのうち10回優勝、3回は準優勝でした。
優勝は他にもテニススクールやクラブ内の大会を入れると、もっとあったと思います。

私の場合は、主に女子ダブルスの大会です。
おばさんが出場できるようなシングルスの大会はほとんどなくて、
シングルスは、勇気を出して某市の市民大会に2回だけ出場しました。
1回目はベスト8止まりで、対戦相手はアルバイトコーチ。
2回目はセミファイナルまで進みましたが負けて3位に入賞。
こちらも対戦相手がコーチで、全く歯が立ちませんでした。ま、当然ですが。


この中で、いちばん嬉しかったのは、朝日レディーステニス大会で、某県から2年連続代表になって
全国大会に出場したことです。
私は40歳代になったばかりの、まさにおばさん真っただ中でした。
写真の銅色と銀色のメダルがそうです。個人情報が漏れるのを防ぐため、名前や大会名は塗りつぶしました。

この朝日レディーステニス全国大会は、県代表ダブルス3組が出場し、県対抗の団体戦が行われます。
前年は3位、翌年は2位で全国大会に出場しました。全国大会は、チームとしては2度とも1回戦負けでした。
当時は、朝日生命がスポンサーでしたが、経営が悪化して、現在はソニー生命がスポンサーになっています。

会場も、当時は朝日生命久我山コートでしたが、現在は昭島市・昭和の森テニスセンターで、
毎年11月に開催されています。
出場資格は、25歳以上、全日本選手権や全日本ジュニア、全日本学生選手権、国体などに参加した選手は
出場できないなど、草トーナメントレベルの女性が気軽に参加できる全国大会です。

甲子園が高校球児にとって聖地なら、おばさんテニスプレーヤーにとっては、当時は久我山テニスコートが聖地でした。

今や、テニス人口が激減し、都会のテニスクラブは、経営悪化や相続税の圧迫で
次々に名門テニスクラブが閉鎖されています。
私のような団塊世代が、人数が多いのもあって、昭和から平成にかけて、
日本のさまざまなブームを巻き起こしましたが、テニスブームもそのひとつでした。

しかし、団塊世代が65歳を過ぎ、私のように全くテニスから離れた者が多く、
また、子供の手がかからなくなったママさんテニスプレーヤーも激減しました。
それに伴い、おばさんテニスの大会も、私が出ていた頃に比べると、出場者が半減していて、寂しいドロー表となっています。
私が愛用していたテニスウェアーのメーカーは生産を中止しました。


話しを戻して、朝日レディース以外だと、やはり初めて3位に入賞した時にもらったトロフィーが嬉しかったですね。
私がスポーツで、トロフィーをもらうなんて夢のような出来事でしたから。
それまでほとんど戦歴がなくて、もちろんノーシードでしたが、準々決勝で第2シードを負かしてしまうという
大番狂わせをやってしまい、セミファイナルは負けましたが3位入賞しました。

どんなスポーツでもそうですが、やはり格上と戦うときの方が、気持ち的にはラクですね。
負けもとっていうのがあるので、思い切ったプレーができました。
これ以降も、けっこうシード破りはやっていて、いちばん楽しかった頃です。

しかし、やがて自分の成績が上がって、シード選手になってからは、いつもプレッシャーに悩まされていました。
ちょっと格下、また同等の選手と戦うときほど、それは大きかったですね。
勝って当然、負けられないという気持ちが強すぎて、どうしても守りに入ってしまいます。
練習の時ような伸び伸びとしたショットが打てなくて、コートで悶々としていたことを覚えています。
びびりまくりでしたね。相手との闘いよりも自分との闘いでした。
他のスポーツ同様、テニスもかなりメンタル部分が大きなスポーツです。


こちらは亭主のゲットした賞 テニス大会が3個とサッカーで2個
そのうち1個は、私と一緒に出たミックスダブルスで3位入賞のカップ
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31歳でテニススクールの初心者クラスから受講して、それまで運動は苦手だった私が、
テニスに関しては意外と上達が早くて、とんとん拍子で初級→中級と上のクラスに昇格しました。
テニススクール開講1周年記念のスクール大会では、当時はまだ中級クラスでしたが、
コーチの配慮で上級クラスの男性と組ませてもらい、第1回スクルー生大会に優勝。
これで、すっかり気をよくした私は、以降、どっぷりテニス漬けの日々を送ることになりました。

最初は、公営施設などのテニス場を申し込で週末ごとに練習していました。
練習相手は、ある程度テニスができる亭主でした。
高校、大学とずっとサッカーをやっいたので、フットワークが抜群。
私のアチコチ散らかる球を、走り回ってコートに返球してくれました。
ひとえに私の上達の陰には亭主の力があったと感謝していました。

しかし、週1のスクールと、週末の練習だけでは飽き足らず、近くのテニスクラブに入り、
平日でも練習に通うようになりました。
テニスを始めた居住地が、当時はおばさんテニス界では全国優勝するなどレベルの高い県だったのもあって、
周りは、テニスが上手いおばさんたちが一杯いて、私もあのレベルくらいなれたらいいなあと羨望の眼差しで見ていました。
けど、自分の身体能力を考えると、無理だろうと最初はあきらめていました。
しかし、周囲のレベルが高いと、それにつられて自分自身も向上心が高くなり、練習はよりハードになって行きました。
試合に出始めると、1回戦、2回戦くらいは勝ちあがることが出来て、味をしめました。

それからは、ちょっとオーバーですが、もうテニスがお仕事のような練習の日々でした。
炎天下でプレーしていて、熱中症になったり、過換気症で、ぶっ倒れたこともありましたね。

子供のころから運動神経が鈍くて、体育の授業は大嫌い。
運動に関してはコンプレックスの固まりだった私でしたが、
「継続は力なり」で、続けてやってきたからこそ、ある程度のレベルまで行けたと思っています。

50m走はめっちゃ遅かったですが、テニスはフットワークが良いと褒められて、本人はもうびっくりでした。
野球もそうですが、テニスは走ると言っても、1ショットでたかだか数メートル。それの繰り返し。
打球の予測がきちんと出来て、スタートさえ早く切れればボールに届きました。それは得意でした。

初心者の頃に、振り回しのレッスンが頻繁にあって、苦しい練習でイヤでしたが、そのおかげと思っています。
上達してからも、鬼コーチの振り回しで、相当鍛えられました。
おばさんでも、そういう練習は積み重ねてやってきた自負があります。
キツイ練習は、もちろんやっているときはイヤでしたが、
おばさんに対しても、手加減せず厳しかったコーチには今でも感謝しています。


それで言うわけではありませんが、キャンプでのヤクルトの内野のノックがあまりに手ぬるいので、
最初に見た時は、これがプロの練習なの?って驚きました。今はもう慣れましたが(苦笑)。
あれでは球際には強くなれないでしょうね。(まいどの余計なひと言)
ノッカーさん、何とかせい!

ということで、スポーツ全般に言えることは、プロはもちろん飛び抜けた才能があってこそですが、
練習はうそはつかないと私は思います。
ダルビッシュ投手は「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」と
以前、Twitterでつぶやいています。
もちろん意味のある練習をするべきで、単に体をいじめるだけの練習では疲労だけが残ります。

テニスに関しては、試合では、練習の7割がたの力が出れば御の字です。
ただ、練習でやってない事は試合ではまずできません。
時たま、力以上のプレーができることもありますが、それはごくごくまれ。

野球でもテニスでも、ラクして上手くはなれないのは同じだと思います。
真中新監督となって、ヤクルトがどんなキャンプをやるのか、今から興味があります。
とその前に、優しすぎる守備コーチのノックをどうにかしてほしいですけどね・・・。
最後に無理やり野球と結びつけました。
by misty2011 | 2014-09-16 11:21 | テニス

全米OPテニス 錦織圭選手惜しくも準優勝!ニューヨークの風景とテニス雑感

日本時間の今朝6時から、4大大会(グランドスラム)のひとつである全米オープンテニスの決勝戦が行われました。
日本人選手で4大大会初の決勝戦に進んだ錦織圭選手は、マリン・チリッチ選手(クロアチア)に
3-6, 3-6, 3-6のストレートで敗れ、日本人初のグランドスラム優勝は惜しくもなりませんでした。

下馬評では、錦織選手のほうが圧倒的に優位でしたが、決勝戦は、相手のチリッチ選手の出来がよすぎましたね。
長身から打ち放たれるサーブが決まり、常に劣勢に立たされました。
WOWWOW未加入なので、試合を全部見たわけではなく、朝のスポーツニュースやワイドショーでちらっと見た限りですが、
グラウンドストロークでも、錦織選手はいつもより打球が浅く、ベースラインでの打ち合いでも守勢に回っていました。
どちらも決勝初進出で、勢いに乗る選手同士でしたが、チリッチ選手の勢いは最後まで突き抜けました。
ビッグサーバーは、これだから怖いですね。ファーストサーブの入りが悪いと、もろさが出るんですけどね・・・。

錦織圭選手は、上位ランキングの選手との死闘に何度も競り勝って決勝まで駒を進めましたが、
その疲労もあったでしょう。
また、相手が準決勝で戦った1位のジョコビッチのような格上ではなく、勝って当然というか、
これまでの対戦成績も5勝2敗で勝ち越してして、チャレンジするというより、守りに入ったのかもしれません?

個人プレーの競技者ならわかると思いますが、相手が自分より力が上だと、
負けて元々で思いっきりぶつかることができます。精神的には、この方がラクです。
しかし、自分と同等、また、ちょっと下の選手と戦うときは、勝たなくてはいけない、負けられないというプレッシャーは
半端なものではありません。
それが決勝戦でしたからね、なおさらです・・・。動きがどことなく硬かったですね・・・。
決勝の相手が決まった時、私は、歴代最高のプレーヤーと言われるフェデラー選手の方がよかったのになあ・・・
なんてことを思っていました。

何とも残念な結果ですが、決勝進出自体が歴史的快挙で、心から感動しました。
本当にお疲れさま。あいがとうございました。

4大大会は今シーズンは、この全米オープンが最後ですが、また来年への楽しみが膨らみました。
また、きっとチャンスは巡ってくると思います。って、口では簡単に言えますが、それほど簡単なものではないのも確かです。
4大大会のファイナリストになったことを自信と誇りにして、これからも素晴らしいプレーを魅せてほしいと願います。


私は、ニューヨークには、メジャーリーグNYメッツの試合観戦に2009年に2度ほど遠征したことがあります。
そのメッツの本拠地球場であるCitiフィールドは、今回の全米オープンテニス会場となった
USTA ビリー・ジーン・キング・ナショナルテニスセンターのすぐ近くであることを思い出し、
当時の写真を探していたら、そのテニス会場がちらっと写っている写真がありました。

ということで、その写真とニューヨークの夜景など少しだけアップします。

ニューヨーク ラ・ガーディア空港よりテニス会場があるフラッシング・メドウズ・コロナ・パーク方向の眺め
1回目のNY遠征は、成田からケネディ空港へのJALの直行便でしたが、2回目の遠征は、直行便がとれなくて
シカゴ経由ラ・ガーディア空港行きの便でした。
1回目の遠征でも、3Aバッファローバイソンズの試合観戦で、この空港からバッファローに飛びました。
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左がニューヨーク・メッツ本拠地Citiフィールド  右に全米オープンテニス会場 ナショナルテニスセンター
クリックで拡大
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ニューヨーク・メッツのCitiフィールドとニューヨーク・ナショナルテニスセンター 最寄駅
地下鉄7線 メッツ-ウィレッツポイント(Mets-Willets Point)駅前の写真 マンハッタンから約30分
地下鉄進行方向の左側出口がCitiフィールド野球場 進行方向右手がナショナルテニスセンター
残念ながら、野球観戦だけで、テニス会場の方には行っていません。
野球場は駅の目の前ですが、テニスセンターは駅から少し距離があります。
テニスセンターへは ロングアイランド鉄道のメッツ-ウィレッツポイント駅の方が近いです。
2度目の遠征で9月に出かけた時は、全米オープンテニスは終わった直後でした。
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メッツCitiフィールド駐車場よりナショナルテニスセンターの眺め 
クリックで拡大 
近くにラ・ガーディア空港があるので、上空には頻繁に飛行機が飛んでいました。
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シティ・フィールド(Citi Field)はニューヨーク市クイーンズ区
フラッシング・メドウズ・コロナ・パークの北端にあって、私が初めて遠征した2009年に完成。
下3枚はクリックで拡大します。
前サイトで掲載した写真を、再度そのまま載せています。
2009年4月にオープンしたばかりで、とても綺麗で豪華な野球場でした。
新庄選手がプレーしていた頃の前メッツの本拠地シェイ・スタジアムは取り壊され、跡地は駐車場になっています。
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おまけで、2009年7月に遠征した際、エンパイアステートビル展望台よりニューヨーク・マンハッタンの夜景
左の光っているビルがロックフェラーセンタービル 
右の尖がった建物がクライスラービル 摩天楼の中でも際立って優雅なビルです。
夜景は初撮りで、ISOの設定を間違えましたが、何とかお見せできる1枚です。
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2009年9月 メッツのデーゲーム終了後、ミッドタウンに戻り
宿泊ホテル近くのロックフェラーセンタービル展望台「トップ・オブ・ザ・ロック」より
セントラルパーク方向の眺め 左にハドソン川
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同日、、ロックフェラーセンタービル展望台より眺めた夕方のエンパイアステートビル 
ライトアップが始まりました。 左がイーストリバー 右がハドソン川
奥の方に2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件によって倒壊した「グラウンド・ゼロ」世界貿易センタービル跡地 
現在は新ワールドトレードセンターを含めて6つの超高層ビルと記念碑が再建され完成間近です。
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夜景 遠くに見えるのはブルックリンブリッジのつり橋 
2度目の夜景撮りも、手持ちカメラ撮影では綺麗に撮れませんでした。
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私は歴代のテニスプレーヤーで最高に好きな選手はジョン・マッケンロー選手です。
おそらくすべてのスポーツ選手の中でも、ベスト3に入っているくらい好きな選手でした。
世界に出始めの頃のマッケンロー選手は赤いバンダナを頭に巻いて、当時はまだウッドのダンロップMAXPLYを使っていました。
1981年ウィンブルドンで、無敵の王者・ボルグ選手の6連覇を阻んだのはマッケンロー選手のネットプレーでした。
前年は、同じ対戦でテニス史上に残る死闘の末、決勝戦で負けたマッケンロー選手が、翌年は見事雪辱しました。


今から30数年以上前、硬式テニスラケットとの私の初めての出会いは、
亭主の持っていたウッドのフタバヤウィニングショットのラケットで、お遊びで使っていたことがあります。
自分用のラケットが欲しいと思って初めて買ったのは、白地に赤と緑のラインが入ったラケットカバーの
ウッドのカワサキラケットでした。

やがてはウッド以外にアルミ製のラケットが登場し、HEADのアルミ製ラケットは憧れでした。
またプリンスからデカラケと呼ばれるカーボンやグラスファイバー製の一回り大きなテニスラケットが登場しました。
30歳過ぎてテニススクルーに通い出してからは、プリンスのデカラケを使うようになり、
非力な私が、ボールをベースラインまで飛ばせるようになりました。
一番ながく使ったラケットは、ナブラチロア選手も使っていた、ヨネックスのR-7でした。

もう15年ほどテニスは全くしていませんが、最後に使っていたラケットは、
錦織選手と同じメーカー・ウィルソンのハイパーハンマー2.5でした。
錦織圭選手が全米オープンで使用したラケットは、ウィルソンの「STEAM95」で、
現在、注文が殺到して売り切れ状態でそうです。

マッケンロー選手がウィンブルドン初優勝した時は、まだウッドのラケットでした。
木のあんな小さなラケットで、しかもネットプレーでよく勝てたものだと、今更ながら感心します。
後に、マッケンロー選手もカーボン製のダンロップMAX 200Gを使用するようになり、
ネットプレーがさらに冴え渡りました。


最近は世界トップの男性プレーヤでも、以前ほどサーブ&ボレーをするネットプレーヤーが少なくなり残念に思っています。
今回優勝したチリッチ選手もビッグサーバーですが、サービスダッシュはしていません。

私はマッケンロー選手の天才的なボレーのタッチにしびれまくっていました。
ボレーの形は、見た目はやや変則的でしたが、とにかく絶妙のタッチで、
あれは教えて出来るようなものではなかったでしょうね。やっぱり天才なんでしょう。

ファーストサービスでのダッシュはもちろん、セカンドサーブでも果敢に前に出ていくプレースタイル。
現役当時は世界一のセカンドサーブと称賛されていました。
レフティー特有の回転、曲がり方で、非常にレシーブするのが難しいサーブでした。
テニス経験者からすると、男性の左利きの回転のかかったサーブは非常にレシーブが難しくて
フォアハンドで打ち返そうとすると、手元に食い込んできて、思ったよりっクロスに引っ張れなくて厄介でした。
バックハンドでレシーブする方がいいのですが、何しろ私はバックハンドが苦手で、
極端にフォアに回り込んで打つタイプでしたから。

また、マッケンロー選手は、レシーブでも隙あらば前に出て行っていました。
今のように、グラウンドストロークでラリーが続くというシーンは少なかったです。
ちょっと凡人にはマネできないような芸術的なボレー、また前につめていくのが速かったですね。
ストローク自体はライジング打法で、後ろで打ち合うのが苦手というほどでもありませんが、
そういうプレースタイルはあまりとりませんでした。

マッケンロー選手はダブルスも非常に得意で、シングルスとダブルス両方で世界1のランキングについたシーズンがあります。
メジャー大会でもシングルスとダブルスの両方に出場していました。
ダブルスは、彼にとってはシングルスの試合のひとつの練習の場という感じでした。

試合としては、マッケンローのようなサーブ&ボレーのネットプレヤーと、
グラウンドストロークが得意で、パッシングが上手いストローカーとの対戦の試合を見るのが一番面白かったです。
今は、あまりそういう試合がなくて、一時ほど私はテニスの試合は見なくなりました。
ラケットの素材の改良で、ネットプレーヤーよりもストローカーの方が優位になったんでしょうか?

歴代最強のプレーヤーとしてひとりだけ名前を挙げるとするなら、私はピート・サンプラス選手ですね。
サーブが速く、ネットプレーも上手く、また、グラウンドストロークも抜群のオールラウンドプレーヤーでした。
テニス4大大会の全豪、全仏、ウィンブルドン、全米オープンでの優勝回数は通算14回で(全仏だけ優勝なし)、
ロジャー・フェデラー選手(17回)に抜かれるまでは歴代1位でした。
ちなみにマッケンロー選手は、4大大会ではウィンブルドン3回、全米4回の計7回優勝。
ダブルスでは通算9回優勝しています。

私は錦織圭選手のさらなる飛躍とともに、マッケンロー選手のような超一流のネットプレーヤーが現れて、
再び4大大会で活躍することを楽しみにしています。
by misty2011 | 2014-09-09 10:57 | テニス